[日記]2003年7月2日(mixi日記より転載)
ふと、mixi日記に4年前の自分が書いた大切な日記があることを思い出しました。
これはmixi日記に眠らせておくわけにはいかないので転載しておきます。
ケン太が逝って2年、じわじわと寂しさがこみ上げてきて、当時のことを思いだしながら書き残したものです。
たぶん軽くパニックになっていて文章がめちゃくちゃなのも、この時の僕の素直な気持ちですよね。
以下、2005年7月2日のmixi日記より転載。
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2年前の今日。
小学生の頃から一緒だった、愛犬のケン太が永眠した。
一人っ子の俺にとって、かけがえのない相棒だった。
子犬の頃からいつも一緒だった。
一緒に海にも行った。一緒に散歩もした。
一緒に寝た。一緒にご飯も食べた。
一緒に・・
喧嘩もよくした。
何回も怪我をさせられた。
肉がえぐれて血が噴き出したこともあった。
菌をもらって生死の境もさまよった。
一緒に大きくなってきた。
途中から立場は逆転し、俺がいじめる番となった。
それでも仲良くやってきた。
ケン太は生まれた時から病気をもっていた。
医者にも10年生きれるかわからないと言われていた。
実際、俺が高校生になったくらいから体調を崩した。
俺が友達とばかり遊ぶようになってからも、ケン太は母の愛情をたっぷりと受けて生きてきた。医者の宣告にも負けず、多少しんどそうだったが元気に元気に生きてきた。
だが、俺が大学生活を折り返した頃から、みるみると衰えた。
老衰も重なって・・
日に日にケン太は弱っていった。驚くほど。ありえない。
あんなに元気だったのに・・
日に日に反応が薄くなっていく、動かなくなっていく。
気がつけば、食事時しか動かなくなっていた。
いや、動けなかったのだろう。
身体はガリガリに痩せていく。
毛も抜けていく。
目も見えていなかった。
もう、母の声にしか反応しない。散歩にも行けない。
俺が大学卒業を控えた冬、ケン太は食事をしなくなった。
できなくなった。
医者には、次の夏を超えれるかどうか・・と言われた。
俺は思った。
前にも悲観的なこと言われたけどケン太は乗り越えたんだから、きっと次も乗り越える。死んだりしない。死んでたまるか・・
それからの食事は母が与える流動食。
注射を口にあてて、流し込む。ケン太は口しか動かせない。
しかし、ちゃんと生きている。喉は動いている。母の声には反応する。
もう・・見ていられない、でも、目をそむけてはいけない。
まだ、まだ大丈夫だ。
ケン太は必死に生きようとしている。
俺は就職した。
でも、いろいろあって三ヶ月で退職した。
それが6月末のこと。
仕事から解放され、ほっと一息・・・
7月1日(退職後初日)
久々の休みをゆっくり過ごした。
特になにもなく、夜には眠りについた。
7月2日(退職後2日目) 午前10時過ぎ
母に起こされる。
「ケン太が・・動かなくなっちゃった」
母は放心状態。
そりゃそうだ。
父よりも俺よりもケン太と一緒にいた時間が一番長いのだから。
俺は、母と一緒に一階へ降りた。
ケン太は自分のベッドで横になっている。
いつも通りに。
「ケン太・・ケン太・・?!ケン太!!」
ぴくりともしない。なにも反応がない。
母の声にも反応しない。まだ、あたたかいのに・・!!
俺は、信じられない気持ちでケン太の胸に耳をあてた。
心臓が・・・
動いていない・・!?
・・・
母も俺も、不思議と涙は出なかった。
きっと、あまりのショックで感覚が麻痺していたのだろう。
信じたくなかったのだろう。
でも、現実だった。
夢じゃ、なかった。
ありえない。そんなバカな。
まさに不幸中の幸い。
俺はそのときサラリーマンじゃなかった。
その後、意外と冷静だった俺と母。
前々から、もしもケン太が他界した時はお葬式をあげてあげよう。
お墓にも入れてあげよう、と決めていたので、業者さんを探した。
その日の内に見つかったので、翌日火葬の予定を入れた。
俺が昔、シルビアで山を走っていた頃のホームコース。
宝塚の山中にその霊園はあった。
7月3日
死後1日経ったケン太の遺体は普通だった。
まったく死後硬直がおこっていない。
今にも動きそうだ。
しかし、動くはずはない。
そして、母がケン太の遺体を抱きしめ、俺とシルビアで現地に向かった。
そこの管理人のおばさんが言ってくれた言葉・・
「この子、天寿をまっとうして亡くなったみたいやねぇ。そうじゃない子は、すぐに死後硬直してしまうから」
涙が出た。
もう止まらない、止まるわけがない。
簡単なお通夜(みたいなもの)が行われた後、とうとう火葬。
火葬の直前、母はもうダメだった。いつ倒れてもおかしくない。
「これ以上見てられない」「辛すぎる」
俺も同じ気持ちだった。
でも、俺が支えないと母は本当にダメになると思った。
俺は気をしっかりもって、ケン太を火葬場へ運んだ。
火葬中・・
いろいろなことが頭をめぐる。
霊園で飾ってくれる、メッセージボード等を書いて時間をすごした。
そして、ケン太は骨になった。
俺は、ケン太の骨を骨壷に入れた。
一つ一つ、丁寧に・・
よぼよぼだったのに、意外と立派だったケン太の犬歯。
「どうぞ、お守りにしてあげてください」
管理人さんの言葉に従い、俺と母と父のちょうど3本分・・
きれいに残った犬歯を大事に持って帰った。
それは今も、常に身につけている。一生、離しはしない。
今までたまっていたものがあふれ出すように、この日は一日泣いていた。
その後、四十九日を経てお葬式を挙げてもらった。
合同だったが、そんなことは関係ない。
ちゃんとしたお坊様にお経もあげてもらえた。
合同だけど、骨壷はきっちり納骨してもらった。
管理人さんがとてもいい人なので、掃除も手入れも行き届いている。
ここなら安心だ。
そんなに標高は高くないが、街中の喧騒からも離れているのでとても静か・・
ここなら、ケン太もゆっくり眠ることができるだろう。
ゆっくりと・・・安らかに・・・
俺は一生忘れない。忘れるわけにはいかない。
記憶から薄れさせることさえ許さない。
俺が忘れない限り、ケン太の存在は消えやしないのだから。
今頃は、お爺ちゃんお婆ちゃんと三人で仲良く散歩してるのかな・・・
ありがとう、ケン太。
ゆっくり休んでおくれ・・
また、お墓参りに行くからね。
おとだまもよろしくお願いします。



うちの犬もちょうどにしやんと同じ時期位に亡くなったから
この日記見たらその当時の事を思い出すわ・・・。
あれから何年も経ってるのに忘れられない過去ってあるんよね。
私も今でも鮮明に覚えてます。
私も一人っ子やから犬が姉妹みたいやったし・・・。
ケン太くんは幸せ者やね!
きっと元気に走り回ってると思うよ!
そして何よりにしやんの側にずっと居るよ。
written by:メグ (2009年7月 4日 00:36)
>メグ
そっか~、そうだったね。
なんかごめん…。
そして、ありがとう。
written by:にしやん (2009年7月 4日 17:50)
なんで謝る?(笑)
にしやんが謝らないといけない事なんて全くないよ。(・∀・)
だから気にしな〜い!(`・ω・´)b
written by:メグ (2009年7月 4日 22:24)